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「安産の神様」蛭田玄仙~鮫川村

福島県県南地域には、みなさんもご存知の歴史に
関連する人物や場所がいくつもあります。

過去記事:新選組も宿泊した「白河宿脇本陣柳屋旅館跡」
      :『蛍の光』を作詞したのは棚倉町の人だった!

今回は、現代の医療に多大なる貢献をした鮫川村の偉人
「蛭田玄仙(ひるたげんせん)」
をご紹介します。

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蛭田玄仙は、1745年(延亨2年、江戸時代)、鮫川村大字渡良瀬に生まれました。
(※以下、うつくしま電子辞典より抜粋させていただきました。)

蛭田玄仙は、名を克明、字を至徳と称しました。
江戸時代後期、当時は京都の賀川流産科が関東にも広まり、産科医の大部分がその流れを汲んでいましたが、玄仙は賀川流とは異なる独自の蛭田流産科を考案しました。
特に出産に際しては、「仰臥を以って跪座に優れり」とし、それまで座ったままで出産していたものを 仰向けに寝てお産をすることにより産婦にかかる負担が少なく、回復も早いことを究明し仰臥位出産を奨励しました。

また、難産は「手を用いて施術することが 簡にしてかつ効多い」として、手指をもって処置する用手産法を編み出したほか、胎児の位置を矯正し難産解消を図り「安産の神様・東翁」と称賛され尊敬と信 頼を集めました。
このように玄仙の蛭田流産科とその思想は、当時わが国の出産法に変革をもたらし、賀川流産科に変わる近代産科の先駆としてその基礎をなすものでありました。

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この偉業を讃えるため、1995年(平成7年)、蛭田玄仙の
生誕250年に当たる年に顕彰碑が建てられました。

Img_1980

鮫川村の観音寺の境内にあるこちらの顕彰碑には、
蛭田玄仙の偉業を讃える言葉が刻まれています。

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観音寺へ向かう道の途中には、顕彰碑を示す看板があります。
矢印が示す方向へ更に登っていくと、ほどなく観音寺に到着です。

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境内には細かい砂利が敷かれていて、とても綺麗なお寺でした。

Img_1977

顕彰碑の隣には、手入れされたしだれ桜があります。
春がきたら、きっと綺麗な花を見せてくれることでしょう。

Img_6934

権威にとらわれず、難産で命を失う妊婦とその家族を嘆きをみて立てた志を貫いて、たくさんの妊婦と赤ん坊たちの命を救った蛭田玄仙は「安産の神様」と呼ばれるようになりました。
彼が成し得た偉業を思いつつ、しだれ桜が咲く頃に
またこの観音寺を訪れたいと思います。

Img_1966




文責:ま (ラクラスしらかわ http://rakuras.com/

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