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古代の歴史と烏の伝説が残る場所~烏峠(泉崎村)

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泉崎村にある標高486mの「烏峠(からすとうげ)」。古くは烏ヶ嶺と呼ばれていました。
人々は親しみを込めて「とうげさま」と呼び、かつては白河方面から泉崎へ抜ける近道として利用してきました。

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烏峠の周辺には、今から約1300年前より250年間にわたって古代白河郡(現在の福島県南地方と石川町の一部)を統治していた白河郡役所跡「関和久官衙遺跡」があります。

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この場所は、古代陸奥国の中でも最大規模の郡役所跡といわれる国指定史跡で、「大化の改新」後に律令制がしかれ、白河地方には「陸奥国」(現在の白河市、西白河・東白川郡、石川郡、茨城県大子町)が設置されていたとのことです。

また、烏峠の周りには、「谷地久保古墳(国指定史跡)」と「野地久保古墳」があります。
この古墳には白河郡の盟主的な重要人物が葬られていると考えられており、この地が政治・経済の中心の一つだったのではないかと考えられています。(過去記事

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そんな古代からの歴史がある烏峠には願望成就の伝説をはじめ、さまざまな伝説があります。
今回はなぜ「烏峠」と呼ばれるのか、名前の由来となる伝説(概要)を一つご紹介したいと思います。

~ ~ ~

泉崎の部落(現在の豊橋や富久保あたり)の南の山に、しだれ桜の大木が一本ありました。

ある日のこと、この桜の樹の付近に沢山の烏が集まって声高に騒ぎます。
烏の数は富久保の上空いっぱいに増え続け、里の人たちは不思議に思いました。

おそるおそる樹の根元付近を見てみると金色に光るものを見つけます。
よくよく見るとそれは金の幣束(へいそく)でした。

部落の長老が「この幣束をどうしたらよいだろうか。」と里の人達にはかったところ、「これは私のすべきものではない。泉崎の守り神さまの峠に納めよう。」と決め、現在の烏峠稲荷神社に奉納しました。

烏が守った金の幣束を峠に納めたという出来事があってから「烏峠」と呼ばれるようになった、と言われています。

(参考文献:泉崎村広報 「広報いずみざき」 泉崎の民話 より)

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 ※詳しいお話につきましては、平成26年10月発行の
   「広報いずみざき」17ページにある 泉崎の民話 をご覧ください。
  泉崎村ホームページからもご覧になることができます。 
  http://www.vill.izumizaki.fukushima.jp/8161.html

 ※烏峠の伝説には諸説あります。詳しくはこちらをご覧ください。
   泉崎村ホームページより

私たちの身近にいる烏も、古来は吉兆を示し、神話にも登場しています。
カラス wikipedia より

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この「烏峠」も吉兆の場所として、そのように名付けられたのかもしれませんね。

文責:す (ラクラスしらかわ http://rakuras.com/

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