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塙町観光イメージキャラクターが誕生しました①

塙町 風呂山公園で開催された「風呂山公園つつじまつり」で、
塙町観光イメージキャラクター・清姫(せいひめ)がお披露目されました。

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以前ブログでも取り上げた、とても可愛らしいキャラクターですが、
このキャラクターのモチーフとなった人物は、
実は塙町の歴史にとても深い関わりがある人物だったのです。

以前、ラクラスしらかわでは「誕育塚」を作った寺西隆三郎蔵太について触れました。
(概要はこちらをご覧ください。)

時は、その寺西隆三郎蔵太(以下:蔵太)がまだ江戸にいた時のこと。
当時、蔵太は昌平坂学問所(※江戸時代の東京大学)の学生でした。

その学問所の学者・医師であった藤原昌芳は後継ぎを探しており、
生徒が千を超す昌平坂学問所で
成績は常に十番以内に入るという優秀な生徒・蔵太に白羽の矢を立てました。

藤原昌芳は自身の後継者として蔵太に期待を寄せ、
自身の養女を嫁がせることにしました。

将来学者を目指していた蔵太にとって、藤原氏の養女との結婚は
願ってもない好機でしたが、時を同じくして
日本の近世では最大の飢饉とされる「天明の大飢饉」が起きます。

当時、塙町代官を務めていた蔵太の父・寺西重次郎封元も、
この甚大なる被害に奮闘していたのです。

その知らせを聞いた蔵太は、尊敬してやまない父親のため、
学者の夢を捨て、塙町に戻ることを決めたのです。

このことからも、なぜ蔵太が「誕育塚」を建設したのかが伺えますね。

さて、藤原昌芳が自身の後継者として蔵太に嫁がせた養女がいましたね。
その養女は、一体どうなったのでしょうか?

お話はまた、次回に続きます。

文責:す (ラクラスしらかわ http://rakuras.com/

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