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『四穂田古墳調査報告会』~古代のロマン 中島村~

以前告知させていただきました四穂田古墳調査報告会(ここ)が去る
3
15日に中島村生涯学習センター輝ら里にて行われました。
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関心の高さの表れなのでしょう結構早めに向かったのですが会場に入っ
たときには席が八割方埋まっていました。講演開始前には用意してあっ
た席が足りなくなり担当の方が追加していました。

主催者の方の話では最終的には150名程度の参加と言うことでした。

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福島大学の菊地教授から四穂田古墳の発見の経緯から副葬品、その意義
についてのお話を伺いました。

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この四穂田古墳は中島村町畑地区の共同墓地から発見されました。先の
震災で倒れた墓石の補修作業にあった石材店の方が見つけたのですがこ
の方が考古学に造詣のある方で何か変だということで調べた結果そ
れが
『短甲』だった言うことで今回の四穂田古墳の指定となった言う事です。

この短甲、正式名は三角板鋲留短甲(さんかくばんびょうどめたんこう)
と言いデザイン的には初期に作成されたものではないかと言うことです。

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短甲とは古墳時代の鎧のことですが、当時のヤマト政権が生産し地方の
有力者に送っていたされており、今までは近畿地方で多く発見され栃木
県大田原市、新潟県南魚沼市が発見の北限で東北地方には無いとされて
いました。

今回の発見により北限が押し上げられ更にヤマト政権と東北の関係につ
いても再考する必要に迫られるほどの発見で、その様な事からもこの四
穂田古墳は古墳時代前期の歴史の流れを変える可能性があるほど貴重な
古墳であるとの事でした。

思いも寄らない歴史の一端にふれられ、更にそれを身近に感じること
が出来る、これも田舎暮らしの楽しみの一つですね。


中島村田畑地区

文責:<A>(ラクラスしらかわ http://rakuras.com/

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