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南北朝時代の伝説が残る~新田義貞の墓(棚倉町)

鎌倉時代、「白川城」に居城した結城氏の初代当主「結城祐広」。
(過去記事はこちら
その子であり白河結城氏2代当主の「結城宗広」は、鎌倉幕府に背いて新田義貞とともに幕府を滅ぼし、時代は南北朝時代(1336~1392)へと移っていきました。

新田義貞は軍記物「太平記」にも登場する武将で、鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇による「建武の新政」樹立に功績を残しました。
南朝側として勢力を広げるため諸国に赴いていましたが、1338年、越前国藤島(現福井市)にて戦死しました。

墓所は福井県坂井市と茨城県龍ケ崎市にあるそうです。

この新田義貞の墓が実は棚倉町にも存在します。
棚倉町富岡地区の「蔵光寺」です。

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勝軍地蔵堂の側に、新田義貞の墓がありました。

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ここには新田義貞の妻「勾当内侍(こうとうのないし)」が夫の死後この地へ逃れ、首を弔った、という伝説が残っているそうです。

詳しくは棚倉町HPをご覧ください

勾当内侍はその後尼になったという説や、琵琶湖にて入水したという説などがあります。勾当内侍が新田義貞の首を弔ったという説とともに、各地にその伝説が残っているということです。

結城宗弘の縁がある県南地区に、新田義貞の伝説が残っているのは不思議ではないかもしれませんね。

蔵光寺
 福島県東白川郡棚倉町富岡寺ノ前531

文責:な (ラクラスしらかわ http://rakuras.com/

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