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西郷頼母が宮司をつとめた、歴史ある馬場都々古和気神社(棚倉町)

棚倉町にある馬場都々古和気神社。
ここでは意外な人物が宮司をつとめていたことがあります。

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会津家老であり、戊辰戦争・白河口の戦いにおいて白河口総督も務めた西郷頼母です。
明治維新後の明治8年に保科近悳(ちかのり)の名前で3年間宮司をつとめました。

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神社の入り口に案内板が設置されました。

案内板によると、宮司をつとめたあとは日光東照宮の禰宜になりなりましたが、その時の宮司が松平容保公であったとのことです。
2人の間に様々な思いが去来したことでしょう。

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馬場都々古和気神社は、八槻の都々古別神社と並んで陸奥国一宮とされている由緒ある神社です。

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この度、馬場都々古和気神社の本殿が室町時代末期から安土桃山時代のものであることが、町の調査により判明しました。
「三間社流造(さんげんしゃながれづくり)」と言われる造りで、この造りのものとしては県内最古とされているそうです。

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そもそも馬場都々古和気神社は現在の棚倉城址にありましたが、1625年、棚倉藩主の丹羽長重が棚倉城を建築する際に現在の場所に移しました。

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棚倉城址の大ケヤキは神社の名残と言われています。

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馬場都々古和気神社の本殿は文献から1594年に造られた可能性が高いそうで、これは神社の移転前に建てられていたということでしょうか。

馬場都々古和気神社についてはこれからも調査がされるそうです。

馬場都々古和気神社
 福島県東白川郡棚倉町大字棚倉字馬場39

文責:な (ラクラスしらかわ http://rakuras.com/

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コメント

 保科近悳が松平容保よりも三年早く、ここの宮司になっています。元藩士小林三郎が勝海舟の補佐役になっていることなどから、会津には冷たかった勝海舟が薩長に手を回して宮司にさせたという見方がある。ここでは西郷隆盛と手紙のやりとりがあった。ここでの保科の業績などがわかるでしょうか。

投稿: 池月映 | 2014年5月 9日 (金) 16時43分

こんにちは。
保科近悳と馬場都々古別神社については資料がほとんど見つかりませんでした。
この記事を書く直前まで、棚倉に2つある都々古別神社のうち、どちらの宮司だったかさえも調べるのに難儀した覚えがあります。お力になれず申し訳ありません。

サイト拝見いたしました。勉強させていただきたいと思います。ありがとうございました。

投稿: ラクラスしらかわ | 2014年5月 9日 (金) 17時07分

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