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白河市内ぶらさんぽ~大工町・袋町(白河市)

白河の町名由来看板とともに白河市内を散策するシリーズ。
今回は大工町・袋町を歩きます。

町の境界がわかりやすいマピオン地図を参考にどうぞ。

まずは大工町。

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大工町には「皇徳寺」と「常瑞寺」という二つのお寺があります。
どちらのお寺も白河藩初代藩主・丹羽長重公の時代に、別の場所から大工町へ
移ってきた、と言われています。

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大工町の町名由来を見ると、丹羽長重公の時代に大工が集められて住んだのが始まり、と書かれていますね。
その名の通り、ここは大工さんたちの町だったようです。

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こちらは常瑞寺。写真左に見えるお堂は「太子殿」。
聖徳太子を祀った「太子堂」は日本の各地にあり、大工さんなどの守護神として
信仰されています。

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なぜ聖徳太子なのか?
それは聖徳太子が法隆寺などの建築に携わったから、ということらしいです。
大工町に住む大工さんたちからも信仰されていたのでしょうね。

また常瑞寺には、源義経に従い殉死した佐藤兄弟の母が、現在の泉崎村でその
知らせを聞いて草案を建てたのが始まり、という説があります。
(現在の泉崎村関和久遺跡付近に遺構があるようです)

白河市内には、佐藤兄弟にまつわる地がこのほかに少なくとも3つあります。

 人忘れずの山、新地山(白河市)

 庄司戻しの桜<霊桜碑>(白河市)

 古から親しまれた「うたたね(転寝)の森」~白河市

義経伝説は各地に残りますが、やはり白河地方には何か縁があったのかも
しれませんね。

次に皇徳寺へ行ってみます。

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このお寺はその昔、寺子屋であったそうです。

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こちらには戊辰戦争の戦死者と

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同じく戦死した新選組隊士「菊地央(たのむ)」の墓があります。

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菊地央はこの時22歳の若さでした。
新選組が白河市内で戦ったと痕跡がここにも残っています。

大工町からほど近い「楽蔵(らくら)」には新選組や戊辰戦争の資料館
白河見聞館」がありますので、あわせてどうぞ!

そしてもう一つ。こちらには「小原庄助」さんのお墓もあるんです。

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なんと徳利とおちょこ型というお墓!(震災影響により?盃が少しずれています)

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そう、小原庄助さんといえば福島県民にはなじみ深い民謡「会津磐梯山」のこの一節。

♪小原庄助さん、なんで身上つぶした?
  朝寝・朝酒・朝湯が大好きで、それで身上つぶした
   あ~もっともだぁ、もっともだぁ♪

お酒が大好きな会津の「小原庄助」さんのお墓がなぜ白河市にあるのでしょうか?
小原庄助さんというのは会津の塗師で、白河市の絵師の元で絵を習いに来ていた時に
亡くなってしまったそうです。本名は久五郎。

実は小原庄助さんについては諸説あり、架空の人物だという説もあります。

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しかし確かにここにお墓が残っています。
しかも大好きだったお酒の徳利型。ユニークなセンスですね。
お酒が大好きな人だった、ということには間違いないようです。

続いて袋町。

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谷津田川沿いの一角です。
町名由来は袋小路であったから、ということですが、今は通りがきれいに
整備されています。

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この石畳の通りの半ばからは、以前にも訪れた新蔵町になります。

より大きな地図で 白河市 大工町・袋町 を表示

文責:な (ラクラスしらかわ http://rakuras.com/

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