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白河ぶらさんぽ~愛宕町・金屋町

白河の町名由来看板とともに白河市内を散策するシリーズ。
今回は愛宕町・金屋町を歩きます。

町の境界がわかりやすいマピオン地図を参考にどうぞ。

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愛宕町は白河市役所近くの通り。

ハリストス正教会」や「楽蔵」の一部も愛宕町です。

愛宕町には「関川寺(かんせんじ)」という曹洞宗のお寺があります。
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ここは白河市内でも歴史の古いお寺であり、鎌倉時代~の400年にかけて、
白河を治めていた結城宗広・結城家の墓所があります(震災による破損あり)。

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関川寺は結城家の館の跡だった、とも言われています。

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また、赤穂浪士四十七士のひとり、中村勘助の妻の墓所があります。
中村勘助は討ち入りの前、妻子を白河の親戚の家へ預けたと言われてるそうです。

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関川寺の裏手には谷津田川が流れます。

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関川寺を出て愛宕町通り。

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少し歩くと「勝軍地蔵堂」が見えます。白河市観光物産協会によると
この地蔵堂は「明治初年に廃寺となった西光寺境内の地蔵堂が現在まで伝わったもの」
とのことです。
かつて愛宕信仰において(神仏習合時代)「勝軍地蔵」が祀られていたことがあったそうです。
「愛宕町」という町名と深い繋がりがあったんですね。
御堂のなかには大きなお地蔵様がおり、手厚く信仰されている様子が伺えました。

つづいて金屋町へ。

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金屋町と言えば「乙姫桜」で有名な妙関寺も金屋町になります。
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昔ながらの商店街が見え隠れする町通り。

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こちらにも「虚空蔵堂」というお堂があります。
白河観光物産協会によれば「明治初年に廃寺となった法雲寺境内のお堂が現在まで
残っているもの」とのこと。

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「快智上人の発願による慶長6年(1601)銘の鍍金装笈が伝わっています」とのことで、
看板にも案内がありますが、外からは見えないようです。

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代わりにお堂の敷地内では、お神輿を見ることができます。

町名由来看板シリーズ、次回は天神町をお伝えします。

より大きな地図で 白河市 愛宕町・金屋町 を表示

文責:な (ラクラスしらかわ http://rakuras.com/

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