« 鮫川村のてっぺんから ~ 朝日山(鮫川村) | トップページ | 野出島のいいところを写そう! ~ 野出島の郷 写真コンテスト(野出島地域活性化プロジェクト) »

武勇神を祀る山 ~ 佳老山熊野神社(矢祭町)

佳老山(かろうさん)は標高456.9mの山。
矢祭町南部に位置し、茨城県境のほど近くに位置する山です。

Dsc05060

Karou

佳老山の頂上には熊野神社があり、山全体で神社をなしているかのようです。
至る所に「佳老山熊野神社」と書かれた白い杭が見られます。

Dsc05029_2

佳老山は2つの登山口があって、佳老山の東麓を走る林道滝川西線から断崖を越えてくるコース、
それから南麓を走る林道福住線から登るコースがあります。
断崖を越えるのは怖いので、後者を登ってみました。
(地図も後者しか載せていません)

登山口には赤い鳥居がありました。

Dsc05033

「車馬ヲ乗入ルコト」は禁止されています。
馬と書かれているあたりに、古くから建てられていた神社であることが伺えます。

Dsc05031

さっそく登ります。
地元のおじちゃんに聞いたら、うまくいけば軽トラで登れるよとおっしゃっていましたが、
車止めがあって無理ですね……。

Dsc05034

う~ん……、軽トラでも登るのは無理かな……。
この急こう配の感じは、白河市・関山と同じ印象です。

Dsc05035

Dsc05037

草木ごしに、下関河内地区が望めました。

Dsc05038

Dsc05057

登山口と同じ立て看板を発見。

Dsc05039

またも赤鳥居。
なかには「鐘楼跡」と書かれた白い杭もあります。

Dsc05043

Dsc05044

この神社は明治以前、「熊野権現」と称し神仏習合だったといいます。
鐘楼跡はその名残なのです。

奥には厳かなたたずまいの社がありました。
あの震災があったにもかかわらず、この灯籠は倒壊もせず残っていました。

Dsc05046

Dsc05052

この熊野神社は、古くより武勇の神様を祀っていたといわれています。
ご祭神は武甕槌命(たけみかづちのみこと)、伊邪那伎命(いざなぎのみこと)、伊邪那伎命(いざなぎのみこと)、そして建五百足命(たけいおたりのみこと)です。

Dsc05051

Dsc05049

Dsc05048

586年、紀伊国より熊野神を勧請(かんじょう)して祀ったことに始まり、
文治5(1189)年は、源頼朝公が義経追討の折に立ち寄り、老松2株を見てこう詠んだといわれています。
「陸奥に清き日脚のととかねは 闇をも照らせ高張の松」

本殿が建立されたのは、享保3(1718)年。
以降、建て替えや改築を経て今日に至ります。

Dsc05055

県境に近いこんな山奥なのにきれいにされているあたり、地元の人たちに大変敬われている神社です。

Dsc05058

---

佳老山熊野神社
 矢祭町下関河内佳老脇18
 氏子 下関河内区民 121戸

 例祭日
  祈念祭 旧暦3月3日
  例祭 10月16日・17日 神輿巡幸
  新嘗祭 11月23日

文責:よ (ラクラスしらかわ http://rakuras.com/

|

« 鮫川村のてっぺんから ~ 朝日山(鮫川村) | トップページ | 野出島のいいところを写そう! ~ 野出島の郷 写真コンテスト(野出島地域活性化プロジェクト) »

東白川郡」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

矢祭町」カテゴリの記事

神社・仏閣」カテゴリの記事

自然」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1267462/40808458

この記事へのトラックバック一覧です: 武勇神を祀る山 ~ 佳老山熊野神社(矢祭町):

« 鮫川村のてっぺんから ~ 朝日山(鮫川村) | トップページ | 野出島のいいところを写そう! ~ 野出島の郷 写真コンテスト(野出島地域活性化プロジェクト) »