« 白河の関ほたるまつりが開催されました(白河市) | トップページ | 「田舎暮らしの本」(宝島社)8月号が発売中 »

街道の生き証人 ~ 踏瀬旧国道松並木・五本松の松並木(泉崎村・矢吹町)

東京・青森を結ぶ東日本の大動脈がかつて奥州街道と呼ばれていたころから、
その街道筋を見守る松並木が、今でも残っています。

Dsc04732

場所は泉崎村と矢吹町の境。
街道時代でいうと、奥州街道31番目の踏瀬宿と次の大和久宿の間にあります。

松並木は泉崎村と矢吹町にまたがっていますが、
泉崎村側は「踏瀬旧国道松並木」、矢吹町側は「五本松の松並木」として知られています。

Dsc04733

Dsc04747

18世紀末期、白河藩主松平定信公が領内の街道に松苗2,300本を植えたのがはじまりといわれています。
参勤交代など往来の多かった街道ですから、日よけ・風よけだけでなく街道の風情にも一役買っていたのでしょうね。

現存する松並木は明治18(1885)年ごろ補植されたものです。
松くい虫で枯死してしまうので、補植が続けられています。

Dsc04738

奥州街道と言えば松尾芭蕉「奥の細道」が有名ですが、
芭蕉一行は元禄2(1689)年4月21日(新暦6月8日)に、この地を通り矢吹宿に泊まったといわれます。

松並木のできる100年以上も前ですから当然記述は無いのですが、奥の細道には次のように書かれています。

 とかくして越行まゝに、あぶくま川を渡る。左に会津根(あひづね)高く
 右に岩城(いはき)・相馬(さうま)・三春の庄、常陸(ひたち)・下野(しもつけ)の地をさかひて山つらなる。

 <現代語訳>
 このようにして白河の関を越え、やがて阿武隈川を渡った。左の方角には会津磐梯山が高くそびえ、
 右の方角には磐城・相馬・三春などの地方が続く。
 常陸国(現・茨城県)・下野国(現・栃木県)とは山々によって隔てられている。

Dsc04741

全国各地にも松並木は残っていますが、福島県内でも残っている所は数少なく貴重な存在ですね。

Dsc04746

---

踏瀬旧国道松並木(泉崎村指定天然記念物)
五本松の松並木(矢吹町指定文化財史跡)
Dsc04748

文責:よ (ラクラスしらかわ http://rakuras.com/

|

« 白河の関ほたるまつりが開催されました(白河市) | トップページ | 「田舎暮らしの本」(宝島社)8月号が発売中 »

交通」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

泉崎村」カテゴリの記事

矢吹町」カテゴリの記事

自然」カテゴリの記事

西白河郡」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1267462/40626338

この記事へのトラックバック一覧です: 街道の生き証人 ~ 踏瀬旧国道松並木・五本松の松並木(泉崎村・矢吹町):

« 白河の関ほたるまつりが開催されました(白河市) | トップページ | 「田舎暮らしの本」(宝島社)8月号が発売中 »