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藤原鎌足も近くまで来ていた? ~ 都々古山神社(白河市表郷)

建鉾山には2つの神社がある、というのは前回のお話。
今回はそのうちの一つ、都々古山神社についてです。

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<建鉾山遠景>

以前、白河歴史学びの会に同行させていただいたときに、都々古山は建鉾山の別称と書きました。
それで都々古山に位置する神社だから、都々古山神社と呼ばれているのではないでしょうか。

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都々古山は、藤原鎌足(=中臣鎌足、西暦614~669年)が、

 みちのくや ふりさけみれば つつこやま
 つきゆみざくら すめるありあけ

と詠んでいることから、飛鳥時代からその名があったものと考えられます。

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<震災の影響で柵が倒れてしまいました>

しかし、歴史の教科書にも登場している藤原鎌足が、東北の地に居たのでしょうか?
もしかしたら、当時この地方の中心だった関和久郡衙(泉崎村)に寄ったついでに、
建鉾山を訪れたのかもしれませんね。

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都々古山神社
 白河市表郷高木地区

文責:よ (ラクラスしらかわ http://rakuras.com/

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コメント

大化の改新で有名な藤原(中臣)鎌足が都々古別神社を訪れたという記録が残っていることは、とてもロマンを感じます。建鉾山周辺は東北でも最大規模のの祭祀遺跡のあったところです。また建鉾山はは都から見て方位的にも、姿的(神備山)にもすぐれた場所であったために神社が建てられ、定期的に都からの遣いが訪れていたようです。もしかしたら藤原鎌足も、都からの遣いとして、表郷を訪れたのではないかと思うと、想像が膨らみます。表郷は隠れた歴史のある地域だと思います。

投稿: tama | 2012年3月 6日 (火) 00時38分

tamaさん、はじめまして。
おっしゃるとおり、表郷は歴史的な興味深さを秘めた地域だと思います。
建鉾山に登った時の記事ではヤマトタケルノミコトが戦勝祈願をしたことに触れましたが、方位的に優れていたことまでは気が付きませんでした。(姿かたちはなんとなくきれいだなーくらいにしか考えていませんでした)
http://rakuras.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-7719.html

隣の棚倉町には神社仏閣が多数点在していることからも、表郷周辺には人々をひきつける何かパワーがあるのかもしれませんね。(よ)

投稿: ラクラスしらかわ | 2012年3月 6日 (火) 09時57分

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