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かつてあった陸軍飛行場 ~ 矢吹が原飛行場(矢吹町)

今回も矢吹町の歴史を紐解いてみたいと思います。
(1回目・開拓、2回目・国営猟場、次回最終回は修練農場を予定)

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<矢吹町文化センターと矢吹飛行場記念碑建立の記碑>

矢吹地方に国営猟場「矢吹国営猟区」があったのは、大正15(1926)年から昭和16(1941)年のこと。

昭和3(1928)年、矢吹国営猟区内の原野に一機の飛行機が着陸しました。
航空思想普及と宣伝のため、各地に自社飛行機を飛ばし観衆を集めていた朝日新聞社の一機が、矢吹に降り立ったのです。

凶作とあいまって金融恐慌に陥っていた昭和初期当時、飛行機はとても珍しいものでした。
なんと50,000人もの人たちが一目見ようと集まったといいます。
しかし飛行機の離発着のために、地元の青年団・軍人会・消防団・婦人会が都度駆り出されて草刈り整地をしたともいわれています。

4年後の昭和7(1932)年9月18日には愛国福島号が着陸します。
徐々に飛行場開設の機運が高まり、昭和12(1937)年、陸軍飛行場として矢吹飛行場が開場します。

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<福島県献納機「報国72号」 白河の歴史(郷土出版社)より>

昭和15(1940)年には熊谷飛行学校矢吹出張班がおかれました。
東西1,500m、南北600mの滑走路、格納庫、兵舎が建設されました。
その後、学徒動員令で召集された見習士官や転属下士官の操縦訓練基地となりました。

さらに、時は終戦前夜。
日本に敗戦ムードが漂い始めると、特攻隊が編成されるようになります。
訓練生の中には特攻隊員になり、英雄たちが若くして散りました。

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<現在の矢吹飛行場跡、のどかな田園風景が当時の飛行場跡とは思えません>

しかし、矢吹飛行場にも終わりが来ます。

昭和20(1945)年、本土空襲はいよいよ激しさを増します。
同年8月、空襲により狙われた矢吹飛行場は破壊されてしまいました。

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それから65年。
今の飛行場跡は、矢吹町役場や矢吹町文化センターになり、周辺は宅地と水田が広がる静かな田園地帯となりました。
矢吹町文化センター前の石碑が、そこが飛行場だったことを示す数少ない証人として存在するばかりです。

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矢吹飛行場跡(矢吹町文化センター地内)
 参考:矢吹町
 http://www.town.yabuki.fukushima.jp/arekore/youran100/02.html

文責:よ (ラクラスしらかわ http://rakuras.com/

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