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「白河の関」にまつわる伝説・遺跡

白河関跡には他にも見所がいくつかあります。

■「古関蹟」碑

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白河の関の設置時代は律令時代の700年代初め、といわれています。(詳しくは不明)
その後平安時代には関として機能していなかったと言われており、その後関跡の位置はわからなくなってしまいました。

以前の記事で触れたように、芭蕉がこの地を訪れたのは江戸時代の1689年、設置から約1000年後のことです。
この時まだ白河の関跡はどこかわからないままでした。

そして更にその100年後の1800年(寛政12年)、時の白河藩主・松平定信が、調査の結果、関跡を現在の場所と定めました。
いわば「ここが白河関の跡」と定めた時の碑です。

■幌掛の楓

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平安時代後期に、八幡太郎義家が奥州へ遠征した「前九年の役」の際、ここで休息をとりこの楓に「幌」をかけたと言われています。

■旗立の桜

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源義経が平泉より、平家討伐に向かった際、源氏の旗をこの桜に掛けたと言われています。
「旗宿」という地名はここから由来してると言われています。

■従二位の杉

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鎌倉初期の歌人、藤原家隆が手植えしたと言われる杉。樹齢約八百年。
周囲約5mのとても大きな杉です。「従二位」は藤原家隆の位。

その他、土塁や空堀の跡も見つかっています。

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1959年から行われた発掘調査により、竪穴住居跡や掘立柱建物跡、土坑、柵列などが確認されました。
また、土師器や須恵器、鉄製品が出土し、1966年(昭和41年)に「白河の関」は国指定の遺跡になりました。

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白河の関の設置から約1300年という年月が経ちます。
義家、義経にまつわるものも、伝説なのかもしれません。
しかし、ここには何か厳かな空気が漂っているような気がします。

白河関跡
 白河市旗宿

文責:な (ラクラスしらかわ http://rakuras.com/

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