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人も金も通った主要街道 ~ 会津街道(白河街道)

道シリーズ第4弾は、会津街道です。
一説には「白河街道」とも呼ばれています。

どうやらこの街道名というものは行き先の地名を冠することが多いらしく、
白河においては、会津へ通じるから「会津街道」。
会津においては、白河へ通じるから「白河街道」と呼ばれるようです。
ラクラスしらかわは白河市に拠点を構えていますから、ここは「会津街道」で以下進めます。

ちなみに余談ですが、
会津街道は五本あり、慶安2(1649)年、会津藩が本道五筋と幕府に報告したといわれています。
・南山通り(なんざんどおり、別名・会津西街道) 会津~下野国(現・栃木県)今市
・越後街道 会津~越後国(現・新潟県)新発田
・米沢街道 会津~羽前国(現・山形県)米沢
・二本松街道 会津~岩代国(現・福島県西部)本宮 (本宮以降は奥州街道と重複)
・白河街道 会津~磐城国(現・福島県東部)白河

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会津から奥州街道を抜けるルートはもともと南山通りでした。
しかし、度重なる天災と参勤交代により、江戸時代には白河経由のルートがメインになっていきました。
天正18(1590)年には、かの豊臣秀吉が奥州仕置のために利用したとも言われています。

とくに江戸から佐渡金山へ抜ける主要道として、三国街道(※1)、北国街道(※2)に並び会津街道(白河街道&越後街道)が位置づけられていました。
これらは「佐渡三道」と呼ばれ、江戸へ金を運ぶ街道として重要な役割を担っていました。

さて、肝心の会津街道を見ていきましょう。
福島県県南地方には4つの宿場町があったようです。
うち白河宿は、奥州街道でも取り上げたので、今回は割愛します。

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地図を見てみると、白河から会津若松まで、今では国道294号線で結ばれています。
しかし、当時の街道で見ると、結構はずれたルートを通っていることがわかりますね。

飯土用(いいどよう)宿。
今の白河市大信豊地字飯土用地区です。
集落そばには小さな鳥居もありました。
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途中の山道。
かつては主要な幹線だったのでしょうが、今では対向車とすれ違えそうにありません。
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滑里川(なめりかわ)宿
今の白河市大信隈戸字滑里川地区です。
土蔵があります。
まさに往時の風情が残っています。
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上小屋宿に行く前に、おまけ。
滑里川付近にあったバス停「仮停留所」です。
ここにいれば、本当にバスが停まってくれるのでしょうか……?
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上小屋(かみごや)宿
今の白河市大信隈戸字上小屋地区です。
ここは県道58号線が通っていて、前出の宿場町に比べると豪華に見えます。
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普通の集落のようですが、よく見ると屋号がついています。
なかには本陣(大名や役人など、有力者のための宿泊施設)もあります。
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そもそもこの周辺は、戦国時代まで「深谷」と呼ばれていました。
この地域の開発が進むにつれ、「コーヤ(荒野)」から上小屋村になったといわれています。

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本陣があったくらいですから、いかに主要な宿場町だったかがうかがえますね。

次は、同じ白河市の東側を通っていた街道についてお話します。

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参考
 大信史跡マップ(白河北郷史談会、平成21年10月1日)

※1 三国(みくに)街道:今の群馬県高崎~新潟県寺泊
※2 北国(ほっこく)街道:今の長野県軽井沢~新潟県上越

文責:よ (ラクラスしらかわ http://rakuras.com/

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