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律令時代のハイウェイ ~ 東山道・東山道連絡路

福島県県南地方は東北地方最南端であることからか、古代から交通とは切っても切れない場所に位置しています。
鉄道については何度か書いたとおり、新幹線や在来線()の他、かつては白棚線()も走っていました。

当然、道路も重要な路線が走っています。
今日では東北自動車道、国道では4・118・294・349号線の4本が縦断し、国道289号線がそれらと交わりながら横断しています。

そんな地域であることから、道についてもさまざまなエピソードがあります。
何回かに分けて福島県県南地方の「道」をシリーズでお届けしたいと思います。

まず、古代・律令制の時代。

律令制下において中央と地方諸国は7本の幹線道路で結ばれていました。
7本とは、東海道、東山道(とうさんどう)、北陸道、山陰道、山陽道、南海道、それと西海道です。
これは「七道駅路(しちどうえきろ)」と呼ばれ、7世紀後半(668~686年頃)に整備されました。
全長6500kmもの壮大な道路ネットワーク網だったようです。<参考

このうち東山道が、福島県県南地方を通っていたと考えられています。(図の赤い線)
また、青い線は東山道連絡路と呼ばれ、東海道の起点だった常陸国府への道として整備されていたようです。
詳細な道筋までは調べても追いきれませんでしたが、七道駅路の規格は概ね直線的だったといわれています。

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それぞれの道には、約16kmごとに駅家(うまや)が設置されていました。
駅家とは、馬を備えて、緊急を要する使者に馬と食料を提供した場所です。
いわゆる電車が止まる駅のことではなく、宿場町といったところでしょうか。

その時代、県南地方には駅家が4箇所あったようです。
・雄野駅(今の白河市旗宿近辺)
・松田駅(今の泉崎村関和久近辺)
・長有駅(今の棚倉町下山本地区か)
・高野駅(今の矢祭町高野地区か) ※

※(2011/02/16追記)福島県史によれば、高野は塙町伊香字高ノ里地区あたりではないかとのこと。<参考・温故知新(塙町サイト)>

さすがに1300年以上も昔ですから、今、その面影はほとんどないかもしれません。
かもしれませんが、おそらく駅家があっただろう各地を訪ねてみることにしました。

まず、雄野駅があった白河市旗宿地区。
ここは白河の関があった場所です。
まさに「ここからみちのく」の場所です。
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松田駅。
かつての郡衙(ぐんが)があった泉崎村関和久地区です。
この地は平坦な土地が多く、また周辺に阿武隈川が流れていることから、栄えるにはちょうど良い立地だったのかもしれません。
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長有駅。
棚倉町下山本字松並平地区の松並平遺跡からは、この地が平安時代になってから集落が拡大したといわれております。<参考
それが駅家新設の時期と重なることから、このあたりが長有駅ではなかったかと思います。
また、松田駅から約15~16km程度であることからも、駅家の位置として妥当です。
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高野駅。
長有駅に関する資料を見ると、久慈川流域には長有と高野(たかの)の駅家が置かれていたとあります。
地図を見ると、矢祭町には高野(こうや)地区があり、奇しくも長有駅から約15~16km程度に位置しています。
そういえば、偶然かもしれませんが南北朝時代までこの地は高野郡と呼ばれていたようです。
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こうして見てみるといずれものどかな里山ですが、かつて律令時代には人々の往来が盛んだっただろうことを想像すると感慨深いものがありますね。

次は江戸時代の五街道について見ていきたいところですが、それは近いうちに。

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参考
 国土交通省道路局
 棚倉町教育委員会「棚倉町の遺跡を歩こう

文責:よ (ラクラスしらかわ http://rakuras.com/

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