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よみがえる白棚線 ~ 白棚線(3)

おさらい:第一回(第二次世界大戦とともに消えた鉄道)第二回(白棚鉄道の本来の姿)

では、最終回です。

鉄道としての役目を終えた白棚線ですが、1944(昭和19)年、バスの代行運転で引き続き地域の足となりました。

かつては「赤坂中野」まで走っていたようですね。
といっても東京都心でなく、鮫川村の「赤坂中野」地区です。
白河市大信の「田園町府」といい、県南地方にはお茶目な地名が多いですなぁ。

さて1957(昭和32)年4月26日、白棚線は「国鉄バス専用自動車道白棚高速線」として開業します。
道路のほとんどが砂利道だった時代に、全線舗装してバスを走らせたから「高速線」なのですね。
開通当時の白河~棚倉間は60円、今では同区間が770円ですから時代を感じますね。

Img_3106
<白河今昔写真帖より、開通式のひとコマ>

今でもその面影は見て取れます。
地図を見ると「バス専用道路」と書かれています。

Photo

Img_2907

どうですか。
普通の道ですよね。
でも、バス以外は進入禁止なんです。

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バスは悠然と進んでいきます。

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道路に見えちゃ負けなんです。
ここはあくまでも、鉄道と一緒の扱いなんです。
(おばあちゃんが犬を散歩しながら歩いているように見えますが、たぶん気のせいだと思います)

実は、日本で一番古い高速バス路線なのが白棚線でもあります。
1969(昭和44)年に東京~名古屋間の高速バス「東名高速線」が開業する際、白棚高速線はふたたび白棚線を名乗ります。
やはり「高速バス」を名乗るからには、高速道路を走るバスでないとダメだったのでしょうね。

それから併走する国道289号線は整備されたものの、白棚線とバス専用道はしっかりと今も息づいています。

では、一緒に今の白棚線の旅に出かけてみましょう!

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ここは白河市道場町付近。
標識をよく見ると「トラック・バス進入禁止」にもかかわらず、「路線バスを除く」です。
なんという矛盾でしょうか!

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しばらく道は続きます。
しかしここは、元白棚鉄道&東北本線が走っていたのです。
にわかに信じられません。

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新白河駅にも止まります。
白棚線は棚倉方面からの新幹線利用客に、とっても優しい運用です。

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さらに白河市内。メガステージ白河の西側です。
ここも、昔は東北本線が走っていました。

Img_3077
白河信用金庫新白河支店の前です。
ここが旧東北本線と白棚鉄道の分岐点だったようです。

Img_2958
ここは梁森駅。
左側が一般道、右側がバス専用道です。
バス専用道を走りたくなりますが、交通違反になりますよ。
なお、炭鉱方面はさらに右側に道路が見えてきます。

Img_2954
そしてここは梁森から棚倉方面へ抜けてきたところ。
なんだか進入禁止の標識がほのぼのしてて、いい味出してます。

こういうの、嫌いじゃないです。(^^)

最後は磐城棚倉駅に到着。
Img_2951

白棚鉄道開業から数えて93年。
ルートを変え、輸送媒体を変え、今では1時間に数本。
首都圏では当たり前かもしれませんが、地方にしてはかなり密な運行です。
それだけ地域の人たちに愛されているということでしょうか。

景色もよし、歴史を探るもよし、廃線跡をまわるもよし。
みなさま、ぜひ白棚線に乗ってみてはいかがでしょうか?

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参考:
保存版 白河今昔写真帖(監修 藤田正雄/発行 郷土出版社)

JRバス関東
 時刻表(白河方面棚倉方面

三菱ふそう AERO ROAD

文責:よ (ラクラスしらかわ http://rakuras.com/

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